中国古代名剣 その4

楚王昭王は、起きてみると枕元に呉王の<湛廬>の剣がありました。 理由が分からないので家臣に問いますと<今、呉王は無道にも君主を殺し、楚を伐つことを謀っております。それゆえ、この<湛廬>の剣は楚に入ったのでしょう>という。

昭王が<この剣の価値は如何ほどのものか>と問うと、家臣は<この剣がまだ越にある時、この剣を求めて、村を三十、駿馬を千匹、万戸の都を一つ提示した者に、すでに名匠の欧冶子は死んで、神々も天に昇っており、たとえ国を傾けるほどの大金や、河に満ちるほどの珠玉を積まれても、この宝剣は渡すことはできないと言われた剣でございます>。 これを聞いて昭王は大変喜んで、その剣を宝にした。

一 方、闔閭は楚が湛廬の剣を得たと聞き激怒した。「呉越春秋」

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