酒杯談義 1
大量の美酒を贈られるのが、何よりも嬉しい令狐冲(れいこちゅう・主人公)である。碗の酒を数回できれいに飲み干すや、「いい酒だ、いい酒だ!」と褒め称えた。
ところが、岸でも誰かが大声で、「いい酒だ、いい酒だ!」と褒めそやしている。令狐冲が声のする方を見やれば、柳の樹の下に、ボロ服の落ちぶれた書生が、右手の破れた扇子であおぎながら、顎を突きだして、舟から漂ってくる酒の香を思いきり嗅いでいる。「やはりいい酒だ!」。
令狐冲はクスリと笑った。「そちらの方、味わってもいないのに、どうして酒の良し悪しが分かる?」「匂いを嗅いだだけで、そいつが六十二年間寝かせた汾酒(ふんしゅ)だと分かるさ。悪いわけがない」
緑竹翁の熱心な指導のおかげで、令狐冲の酒に関する知識はすでに非凡となっている。これが六十年前後経った汾酒だととうに分かっていたが、ちょうど六十二年物だと分かるのは至難である。大方この書生がほらを吹いているのだろうと思いつつ、にこやかに誘った。「よろしければ、こちらへ一杯やりに来られては?」
書生は首を大きく振った。「見ず知らずの者が、酒の香を嗅いだだけでもお邪魔なのに、美酒までご馳走してもらうのは、断じていけない」「世の中、みな兄弟という。貴殿の話を聞くと、酒の邦のご先輩とお見受けした。こちらはご教示願おうと思っていたところだ。ご遠慮なく船のほうへどうぞ」
