明と倭寇Ⅰ
1392年、李成桂が高麗を倒壊し、李氏朝鮮王朝を成立し太祖となった。 その少し前の1368年、中国では貧農の子に生まれた朱元璋が紅巾軍の首領となって戦い、明王国を建て太祖となっていた。
紅巾軍の戦いとは、漢民族ではないモンゴル族支配の元王国末期の社会的不安定の中で起こった民衆の反乱。 農民や宗教信者などが赤い頭巾を被って目印として戦った。
洪武帝となった朱元璋は、モンゴル族の異文化から儒教主義による中華帝国の再建を目指し天下の王として、国内から諸外国まで朝貢を一つの政策とした。
朝貢形式として諸外国の派遣船を受け入れる一方、中国人と外国人が海上で接触することを禁ずる「海禁制度」を施行した。