明と倭寇Ⅷ「王直」
朱紈の雙嶼攻撃で、雙嶼崩壊後の密貿易者群の首領としてあらわれたのが王直である。王直は青年時代は落ちぶれて遊民の徒に投じていたらしいが、いわゆる任侠の男で、知略に富み、人におしみなく施し、信望は厚かった。
彼は倭寇の頭目といわれた人たちのなかでは最も日本との関係の深い人物であった。雙嶼で取引ができなくなると王直はおだやかに私貿易のできる場所を求めて日本の五島に根拠をおくことにした。仲間の一族一党をひきい、最大の倭寇の首領となったのである。
王直は五島を根拠としたが、彼自身は平戸に居宅を置いた。部下二千余人を擁し、豪奢な屋敷に住んで、つねに緞衣をまとっており、港には三百余人を乗せる大船を浮かべ、三十六島の逸民を指揮して王者さながらの生活をおくり、徽王(きおう)ともよばれたという。
平戸湾をみわたす景勝の地に印山寺屋敷の跡とよばれている場所があり、むかし王直が住んでいたところであると伝えられている。『倭寇、田中健夫』