明と倭寇Ⅸ「王直」
王直をこのような大勢力にのしあげたのは、かれの商業取引の方法が適切だったからである。
密貿易はもともと不法の貿易であり、大きな利益がある一面では予測できない危険をはらんだ行為でもあった。需要者と供給者はつねに一定しておらず浮動的だったし、決済の方法も現金のときもあれば貨物で支払われることもあった。信用の基礎はなく、紛争がおきてもその処理を訴えでる機関もない。このような不安定な状態での取引には、双方の当事者から信頼され、不法を断固として精彩する実力を持ったものの存在が必要である。王直は学問もあり計数にも明るく、それに衆望をあつめる性格をそなえていたから調停者としての条件をそなえていたといえる。
王直が密貿易者の頭目として果たした役目はまさにそれであった。かれは取引者の委託をうけて売買や交易を代行することもあった。それに、来航商人の宿所や倉庫の設備、売買の斡旋、業者の保護援助などもかれの仕事であった。かれは日本商人の代行しただけでなく、中国商人やポルトガル商人の業務をも代行した。
中国の法律にも日本の法律にも拘束されない場所での王直は、まさに倭寇国の王とよばれるにふさわしい存在だったのである。『倭寇・田中建夫』