西施と東施
西湖と言えば中国四大美人のひとり<西施>を連想する。中国紀元前五世紀頃、越の国王勾践が呉の国王夫差へ計略の一つとして西施を献上する。策略どおり夫差は西施に溺れ傾国の道を辿る。 西施の名前を知ったのは小学校の遠足で象潟へ行った時、松尾芭蕉の<象潟や雨に西施がねむの花>を教えられた。西施は中国の美女ですなんて先生は言ってたのかな?
西施は病弱だったらしく苦しい時に眉をひそめたらしい。しかしその表情も魅力的と巷に噂が飛ぶ。その話を聞いた東湖近隣に住む女性<東施>が真似たら皆の笑いものになった。すごい醜女だったから。 ここから<西施の顰(ひそみ)に倣う>或いは<顰に倣(ならう)>という言葉が生まれたんですって。