中国古代名剣 その7

 呉王もつねづね用心していた。 沿道に警備兵をならべ、光の邸に入るときも、門から建物の階段にいたるまで、身内や腹心の部下に守られた。近衛兵が長い柄の剣を持って、王の左右にひかえていたのはいうまでもない。

 この時代、王の前に出る者は、身に寸鉄も帯びることは許されなかった。最も信任の厚い近衛将校だけが例外であった。 これが二百年あまり後の秦の宮廷になると、武器を持つのは王だけで、武装の近衛兵ははるか階下にひかえるしきたりとなった。 だから始皇帝が刺客に襲われた時は、侍医が薬箱を投げて防いだのである。

 刺客たる者は、どうして王の前まで武器を持ってくるか、その方法にまず心を砕かねばならなかった。「小説十八史略」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください